波動体感空間『KAMI-NAMI』のこと。

サロンワーク番外編。
2019.12.12~13 舞台に出演しておりました。

 

わたしが「カラダをつかう」をする、表現の場。

 

10年前まで劇団に所属していました。
この10年は、日本舞踊以外の舞台に立つことはありませんでした。

 

もういちど、日本舞踊以外の表現の場に立ちたくなったのです。

 

カラダを思いっきり使いたくなったのです。

 

日本舞踊には日本舞踊のカラダ使いがあります。
やや不自由なカラダ使い。
その中で高みを目指すのですが。

 

そこからもう一度出たくなった。
もっと自由に動きたくなった。

 

そう強く思ったのは、昨年の『神波Thy』という、神波シリーズの舞台を観たときから。それが、昨年の12月15日のこと。

 

稀有なタイミングとご縁に導かれて、
今回の舞台に出演が叶いました。

 

「動く」は、セルフケアの要だと思っているのです。

 

そんな中での舞台と、すこしだけ挟むカラダのお話に、ご興味をお持ちいただけましたら、お茶でも飲みながら、お読みくださったらうれしいです。

 

シャーマンのプロデュースする舞台

神波シリーズのプロデュースをしているのは、リアルシャーマンであるタッキーさん(David.T.S.Martinezさん)。

 

アマゾンの少数民族の中で幼少期を過ごされ、シャーマンとしての躾を受けてこられたタッキーさん。

 

米仏心理療法士、米英音楽療法士の経験、「ネバーエンディングストーリー」や「猿の惑星」などをはじめとしたハリウッド映画の美術メイクスタッフとしての経験をお持ちで、現在もワールドワイドに舞台芸術などに携わっていらっしゃいます。

 

美しい衣装、音楽、映像とともに、タッキーさん原作の絵本の世界を、身体表現、歌の表現でエキシビジョンとして具現化したうえ、見る人にも波動を体感していただこう、というのが今回の舞台でした。

 

集まったのは、
表現を生業とするプロから、
まったく舞台の経験のない方まで、
それぞれの「必然」を持つ22名。

 

稽古日が少ない、の衝撃

 

以前所属していた劇団では、
半年前から公演タイトルの勉強会を始め、
3ヶ月前くらいからパーツを作り始め、
2ヶ月前からは週3日の稽古でパーツを切ったり張ったりの創作、
1ヶ月前からは、毎日稽古……

 

そんなスケジュールで公演作品を作っていた経験があったので、

 

今回何より驚いたのが、稽古日数の少なさでした。(だからこそ参加できた、ということもあります)

 

月末終わりで3日だけ稽古して開ける…歌舞伎ですか?!

 

みたいな。(さすがに3日ではないですよ、稽古日……)

 

ほぼオムニバス形式の舞台であり、個々人の作業が主なのでできることとはいえ、これがまとまっていく不思議さと、凄さ。

 

少ない稽古で実にしていくという緊張感。

 

今回は、振付&構成のスーパーバイザー香瑠鼓さんがいらっしゃったので、さらに、その密度とエネルギーはすごいものだったのだと思います。

 

そして、全体稽古は少なくても、それが成り立つように、それぞれの行き着く先への道筋を、タッキーさんが細やかにサポートしてくださっている。

 

それが、とても身にしみました。

 

しかも20人分を、おひとりで!

 

その深い思いに、どれほど助けていただいていたのでしょうか。

 

あーしよう、こーしよう。

 

やったことある、やったことない、
にがて、とくい、わかんない…

 

いろいろあるけれど、

 

誰かのサポートを自然と誰かがしていて。
稽古場の雰囲気が、とても優しくて。

 

出来上がっていく作品の波動が、とても優しくなっていったんだと思うのです。

 

わたし自身のお題は、
日本舞踊ベースでつくって
ぶっ壊していくこと

 

ここは、香瑠鼓さんにすごくお世話になりました。香瑠鼓さんのことは、別に書こう。書きたい。

 

そのうえ、タッキーさんが絶妙なタイミングでお声かけやメッセージをくださいます。まだできることが、ある、と気づく。

 

みなさまからたくさん教えていただきました。だから、気が付いたことをほかのだれかに、自然にお伝えするということができた。

 

遠慮とかなく。

 

それが、すごく心地よくてうれしかった。

 

どうしても、遠慮したり、
なんか、言ったらだめかなーとか
思っちゃうことってある。

 

それが、なかった。

 

作品をステキなものにしようって、みんなで同じ方向しか見てなかったってこと。

 

「自己」はあるけれど「我」がない。

 

そんな心地よさ。

 

あーしよう、こーしよう、は千秋楽までありました。

 

舞台はいきもの。

 

一緒に楽めたことが何よりうれしいのです。

 

ありがとうございます。

 

美しいカラダ

 

わたしはやっぱり、カラダに目が行く。
カラダから、ココロは自然に出てくる。

 

強いココロ、弱いココロ
自由なココロ、窮屈なココロ
切ないココロ

 

戸惑い、恐れ、怒り、くるしみ、あきらめ

 

希望、愛、欲求

 

カラダは、正直です。

 

だから、ヒトは美しい。

 

人間は生まれたときから表現せずにはいられない。

 

赤ちゃんは、泣いて、笑ってって表現しないと、生きていけません。

 

表現することは、生きること。

 

ほんとうは、みんな、
生まれながらに表現者なんです。
忘れてるだけ。

 

今回の公演は1日3回。

 

1日3回って、結構ハードです。
でも、だからこそ「上がった」。

 

毎回毎回、変わっていく表現が、
カラダが、楽しくて仕方ない。

 

自分はもちろん、みんなが、変わっていく。

 

出演者の特権は、
全部の公演をみることができること。

 

舞台上での変化を見届けることができること。

 

なんという贅沢!

 

波動を、体感する

 

世界は波でできています。

 

色を見分けられるのも、
音を感じられるのも、

 

「波」を感知するから叶うこと。

 

分子の集合体を「モノ」として捉えられるのも、分子の「波」を捉えているということ。

 

人間も分子の集合体。

 

物理的な話になれば、
人間そのものは波動ではないけれど、

 

振動と波動、とか持ち出すとややこしくなるけど、

 

ヒトのカラダは「波」の影響を必ず受けているのです。

 

世界は「波」で成り立っている。
と、わたしは思っていて。

 

だから「波」をととのえよう。

 

舞台を体感した方は、みなさま何かしらお持ち帰りされています。

 

そういう、舞台。

 

そして、「波」は、ゆったりと影響していきます。

 

タッキーさんが叩く終盤のドラムと、流れる歌は、闇を解放し、再生と世界との融合を叶えるもの。

タッキーさんと、ふれんず。わたしは猿でございます。

 

解放

 

『KAMI-NAMI』のお話は、

宇宙に地球が誕生して、
生きものの平和で楽しい生活に
闇が侵入してくる。

 

守れ、我らが星を。

 

そして4つの大切な神命に気づけ。

 

そこに強いメッセージがあるけれど、

 

ある日、ふと思って、
タッキーさんに聞いてみました。

 

このお話、地球を守ろう、ってお話かと思ってましたが、サトリ(劇中でのタッキーさんのお役目)は、森を守りに来ただけでなくて、闇を解放しに来たんですよね…?

 

一番大事なのって、そこじゃないか、と思ったのです。

 

「はい、闇の解放です」

 

短い回答を、いただきました。

 

 

闇を排除するのではなくて、
解放して、元あるところに納める。
一緒に、シアワセになる。

 

ということ。

 

無垢な赤ん坊も
成長する中でたくさんの「闇」を抱えることになる。

 

人間である以上、「闇」のない人なんてほとんどいないと思うのです。
(皆無、ではないです。「闇」のない一部の人もいるのは事実。)

 

でも「闇」ですら、自分の一部。

 

自分を生きるために、
「闇」でいっぱいになる前に、
いちど解放してあげる。
そして受け取る。

 

受け入れる、というより、
それも自分、と受け取る。
しんどいですけどねぇ、その行程。

 

でも。

 

シアワセになるために。

 

ぜんぶ、じぶん、てちゃんと受け取る。

 

ヒトは、シアワセになるために生まれてきたのですから。

 

受け取ると、カラダが変わります。
それは、日ごろからわたしが見ているもの。

 

面白いものです。
こうも、意識に左右されるんだ、と。

 

地球をひとりのヒトとしてみたら、
地球上の全部のいのちは、
その細胞のひとつひとつ。

 

と、ここへくると、
医療者的目線も(笑)

 

でもねぇ、同じ。

 

人間のカラダは、
地球であり、宇宙であり。
高いところからつかわされているもの。

 

それぞれのお役目をもって。

 

自分を自分であると認めて、
自分を取り巻く自然に感謝をして、
「自己」と「我」を取り違えず
シアワセに、なりましょう。

 

そうすれば、みんなが優しく、
みんなでシアワセに、なれますよね?

 

『KAMI-NAMI』からのメッセージを、
わたしはそんなふうに受けとったのです。

 

龍の人と、闇の人と、猿でございます。多種族仲良しです(笑)

 

目を閉じていたこと

 

10年前に、劇団をやめてから、

 

表現をする

 

ということに、どこか目を閉じていたのだと思うのです。

 

日本舞踊は確かに大切で
大好きなもの。

 

でも。

 

わたしの求める「表現」がとどまらなくなってきた。

 

目を閉じているわけにはいかなくなってきた。

 

だから今回、公演に参加させてください、と、どきどきしながら、タッキーさんにメッセージを送りました。

 

 

同じころ、大切な方とお話をしている中で、わたしの行動のひとつが「自傷行為に見える」と言われました。

 

カラダを傷付けることはしないけれど、それは、自傷行為だよ、と。

 

はっとした。

 

そうかもしれない。
昇華しきれないものを、
埋めているだけか?

 

埋められるはずもないのに。

 

出演が決まったのは、そんなころ。
「必然」でした。

 

ただただ、参加させていただいたことに、感謝以外のなにものもなく。

 

そして、ここに参加できたから、
また、大好きな人が増えました。

 

いちどに20人以上、みんな大好きって。
そんなことってそうそうない。

 

大好きな『KAMI-NAMI』メンバーとの時間を終えて、日常に、戻っています。

 

すこし寂しいけど、だいじょうぶ。

 

すんごい宝物をたくさんいただいたので、
恩送りをいたしましょう。

 

この世界は美しいです。

 

すべてはひとつで
ひとつはすべて。

 

だいすきです。