香瑠鼓さんのこと~『KAMI-NAMI』余韻①~

ショービジネスの第一線で活躍されている香瑠鼓さん。

 

『KAMI-NAMI』で、わたしがいただいた大きなギフトのひとつは、香瑠鼓さんとの出逢いでした。

 

稽古場で香瑠鼓さんのご指導を経験して、もっと教わりたいと思い、香瑠鼓さんのスタジオのワークショップに伺いました。

 

カラダをバラバラにする

 

カラダを、細かく分解して動かす。
カラダって、こんなに動く。
カラダって、こんなに動かせる。

 

わたしが、普段よく考えていること。

 

サロンでケアをしていて、
カラダを痛めたり不具合を起こす一番の理由は、「動かないこと」であり、「動かし方を知らないこと」だと思っています。

 

だから、「動かす」が上手にできたら、
カラダはもっとラクになる。

 

でも、わたしにはその方法が、
そこまで明確にはわかっていなかった。

 

 

香瑠鼓さんのメソッドは、
カラダがどんどん自由になっていく。
一緒にココロも軽くなる。
そう誘ってくれるもの。

 

そして、細かく細かく、
カラダの望むままに動かしていくことで
「我」が薄れていく。

 

自分を空っぽにしながら、
自分からあふれるものだけで表現する。
思考は置いていく。

 

 

凄い。

 

 

の、ひとこと。
そして、一気に魅了されました。

 

香瑠鼓さんのメソッドにも、
香瑠鼓さんにも。

 

自然とともにあるという感覚

 

香瑠鼓さんのメソッドは
ネイチャーバイブレーションといいます。
それが、もうひとつの特徴。
自然とともにあるという感覚。

 

日本人は本来、
自然とともに生きてきた民族です。
自然の中に神を見つけ、
信じ、祈り、受け入れてきた。

 

今でも、
山そのものが、
川そのものが、
ご神体になっている神社は珍しくはない。

 

空を見れば、だれでも天気が予測できた。
太陽を見れば、時間が、季節がわかった。
星をみれば、季節や方角がわかった。
風や水の音を聞きながら、作物の成長を感じた。

 

そんな感覚と能力をもっていた民族が、
便利さと引き換えの人工物の中で、
どんどん窮屈になっていった。

 

でも。
カラダはいつだって
自由になりたがってる。

 

香瑠鼓さんのメソッドは、
忘れているものに触れに行く。

 

香瑠鼓さんは、
そうやって、
カラダを自由にする、
プロ中のプロ。

 

なんだろう、プロという言葉すら
陳腐かもしれないと思えてしまう。

 

演劇や日本舞踊で、
自分のカラダは存分に使ってきたけれど、

 

わたしはどうにも「我」が強い。

 

香瑠鼓さんのメソッドで動いたとき

 

そういうものを取っ払って、
透明な表現ができるようになりたいと、
思ったのです。

はじめての、ひと

 

舞台芸術にあれこれ関わっている割に

 

今まで、同性の「憧れの対象」
みたいな人がいたことがなく。

 

そういう人を作りなさい
とか言われて、

 

この人、と思おう、
と思った方は数名いるけど、
それはたぶん、「ちがう」ということで。

 

あの人みたいになりたい
と強く思った経験がありません。

 

・・・

 

あ。ひとりだけ、ほんのり、
「この人のように…」
と思った人がいるか……

 

異性の役者さんに対しては、たくさんあるのですが。

 

 

香瑠鼓さんは初めて、

 

「この人のようになりたい」

 

じゃなくて

 

「この人になりたい!!」

 

とまで思わされたのです。
その感覚がまた、わたしには衝撃で。
そしてとても嬉しい。

 

そんな方に出逢えたのが、
とても嬉しい。

 

今後も香瑠鼓さんのところに
定期的にレッスンに通おうと決めました。
それで、カラダのことをまた違う方向から考えられる。

 

もっとカラダと仲良くなれる。
そして、また、伝えられる。

 

KAMI-NAMIのギフトに感謝がつきず。
タッキーさんへの感謝がつきず。

 

恩送りを考える、
楽しい日々が続いています。

 

余韻も、続く。

 

日常には戻れども、
明らかに毎日が違ってきています。